新型コロナ(COVID-19)は風邪やインフルエンザと同じではない

2021年6月30日-

新型コロナ(COVID-19)は風邪やインフルエンザと同じでしょうか。

なお、新型コロナという名称は、すでに「新型」ではなく、「現在」ですし、数十年後に「新型」と呼ぶのは違和感があります。よって、ここでは国際基準にあわせ、「COVID-19」と呼びます。

COVID-19は風邪ではない

風邪とは。

風邪症候群は鼻腔から咽頭、喉頭までの気道である上気道に急性の炎症が起こる疾患を総称して呼ぶ。

https://doctorsfile.jp/medication/39/

これは同一の症状に対する総称のようです。

COVID-19は風邪のような症状が出ることがある。

COVID-19以外の病気だって、風邪のような症状が出ることがあります。

風邪のような症状は、あくまで症状であり、そしてCOVID-19は「風邪のような症状」がすべてではありません。

「軽い風邪のような症状にとどまれば、大したことがない」のは適切なのでしょうが、「風邪」にとどまらない症状が出る以上、この言い方はナンセンスに思います。

では、このようなセリフを言う人は、重症化率や死亡率の話をしているのでしょうか?
それについては、インフルエンザの項目でまとめます。

COVID-19はインフルエンザのようなものなのか

インフルエンザのようなものだから自粛は不要なのか

まず、仮にインフルエンザのようなものだったら、自粛要請は不要なのでしょうか。

インフルエンザと一口にいっても、A型、B型、C型のいずれなのか、鳥インフルエンザなのか、新型インフルエンザなのか。鳥インフルエンザや新型インフルエンザは未知のものなので、リスクをはかることはできません。

インフルエンザで2018年に亡くなった方は、日本国内のみで3,325名だそうです。[参考]

3,325名も亡くなるのに、「大したことがない」ことでしょうか。

「大したことがない」と思うことは、事故や自然災害で100名が亡くなったと聞いて、「大したことがない、あー良かった」と考えるのでしょうか。

もちろん、許容リスクというものはあります。

交通事故で亡くなる方が毎年存在するのに、人々は自動車に乗るのをやめないし、国も禁止しません。

国や社会が感じる利便性がリスクを上回っているからです。

しかし、同時に、交通事故をなくすために、司法、行政は必死になって教育やキャンペーンを行ったり、厳しい罰則を設けたりしています。

リスクを許容するということと、リスクを減らすための努力をすることは、同時に成立する行いではないでしょうか。

リスクをどう捉えるべきか

どう思うかは個人の内面の自由です。
しかし、多くの人は一般的なインフルエンザより、遥かにリスクが高いものと考えているのではないでしょうか。
だから、多くの人は、自粛が必要だという空気に従っている。

ほとんどの人がマスクを着用し、手洗いや消毒を頻繁に行い、不要な外出を減らしています。

にも関わらず、最近では少ない時期ですら、日本国内での1日あたりの新規感染者が1,000名を超えています。
そして、合計死者数は15,000名に近づいています。
本稿記載時点で2021年6月ですので、日本国内で感染者が確認された2020年1月から1.5年。
15,000名を1.5割ると約10,000名。

これだけ人々が自粛生活を行っているにもかかわらず、10,000名が亡くなっています。

多くの人が自粛に協力していなかったら、はるかに多くの方が亡くなっていたかもしれません。

そもそも死ななければ問題がないのではありません。
健康に害を及ぼしたことのある方も含めるともっと多くの人になります。
治ったが後遺症を感じている方も多数いらっしゃるそうです。

これは果たして、「(一般的な)インフルエンザと同じようなもの」でしょうか。

人命や助け合いの論理に「%」を持ち出して良いのか。

無症状者も含めてとはいえ、既知の感染者合計は、日本国内のみで2021年6月時点で約800,000名です。

日本の人口を1.2億人と定義したら、感染者は約0.6%です。

これをもって「パンデミックではない」つまり重大な事態ではないと主張する方もいます。
「パンデミック」かどうかは、その言葉の定義次第です。

しかし、これを「重大な事態かどうか」を現在の自粛活動が厳しすぎるかどうかの論点で話をするのは、ナンセンスに思います。

「重大な事態」なら、当然、より強い自粛が必要になります。
「重大な事態でない」なら、「重大な事態」にならないよう、自粛を続けている成果なのだと思います。

現在、新規感染者が下げ止まりになる状況において、十分であることはありえないのではないでしょうか。

そもそも、人の命や健康に関わることを%のみで判断するのは、全体主義的な少数切り捨ての論理であり、恐ろしいものを感じます。
重症化リスクの高い人のみ隔離するというのも、同様です。

そして、新型ウィルスの本当に恐ろしいのは、かなり初期から、予期し得ぬ変異であることだというのは、専門家の方々が警鐘をならしていました。実際、若い方でも重症化するケースが増えてきたように思います。
重症化リスクの高い人を特定できるなら、苦労はありません。
知らないうちにウィルスが死亡率の高いものに変異し、医療体制として取り返しのつかない人数にまで拡大していたらどうするのでしょうか。

数値ばかりに目を向ける人は、現実肌のつもりでいて、実は現実を見ていません。
現実のすべてを数値化するのは不可能だからです。
もちろん、数値も必要だとは思いますが、あくまで参考でしかありません。

他人の健康を害したくないと思う気持ち

自粛要請に従うことで、自分や自分の職場・お店が感染源となる危険を、少しでも減らしたい。

そのような気持ちを抱くことは、人として、当然のことではないでしょうか。

自分は他人を刺すつもりはない、偶然ぶつかったとしても命に別状のある可能性は低いだろう。
そう思ったとしても、抜き身のナイフを持ち歩いたら人々は恐怖するはずです。

ナイフは目に見えますが、ウィルスは目に見えません。
だから危機感をいだきにくいし、「自粛が不要だ」と言う論理展開になってしまいます。

もちろん、生活の維持との兼ね合いだというのはわかります。

「インフルエンザのようなものだから自粛など必要ない」と考えるのは自由です。

しかし、これは他人の健康や生命にも関わることです。

ものの言い方は、慎重であるべきでしょう。