海外駐在で会社に求めていい補助は?|安全配慮義務

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海外赴任が決まったとき、会社にどこまで補助や援助を頼んでいいのか、迷う人が多いと思います。「個人の事情でしょ」と言われそうで遠慮してしまったり、そもそも何を要求していいのか思いつかなかったり。

私自身、ベトナムのホーチミンに来てからもう10年以上経ちますが、赴任当時は独身で、お金関係には無頓着でした。あとから「あらかじめ話し合っておけばよかった」と後悔したことが、いくつもあります。

この記事では、海外赴任時に会社と取り決めておく方がよい事柄を並べました。私の経験はベトナム中心ですが、考え方自体は他の国に赴任する場合にも通じるはずです。

そもそも、なぜ会社が海外赴任者を保護する必要があるのか

まず大前提を会社側も海外駐在員も理解しておく必要があります。
会社には法的な義務として、社員の安全に配慮する責任があります。

労働契約法第5条にはこう書かれています。

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。労働契約法 第5条(e-Gov法令検索より)

これがいわゆる「安全配慮義務」です。そして、この義務は海外赴任者にも及ぶと解されています。会社の指示で海外に行く以上、その先で起こる「予見できる危険」については、会社が配慮しなければならない、ということです。

実際、海外出向中の社員に関する裁判例も複数あり、ベトナム法人に出向中だった社員の自殺事案で、出向元の日本企業の安全配慮義務違反が争われたケースなどが知られています。会社が「現地のことだから知らない」では済まされない、ということが、すでに判例レベルで確立しているわけです(参考: 海外赴任者への安全配慮義務と法的責任|HISビジネスコラム)。

つまり、会社と話し合いにおいては過度な遠慮はいりませんし、会社側も雇用者としての責任を自覚しながら話し合うべきでしょう。

1. 入国・滞在に関する費用

これは赴任そのものを成立させる費用、最低限絶対に必要な項目ですね。

  • 入国査証(ビザ)
  • 滞在許可証(労働許可証・レジデンスカードなど)
  • 航空券
  • 飛行機以外の交通費(空港から赴任地までの送迎など)
  • 着任時のホテル代(すぐに新居に入れないことが多い)

滞在許可証については国によって名称が変わります。日本でいう「在留資格」「在留カード」のことです。場合によってはパスポートと混同し「これは個人の手続きでしょう?」と考える会社もあるかもしれません。しかし、現地で仕事をするために当人が現地に滞在することは必須ですので、業務上必要な費用として会社が負担するのが筋です。判例や労務管理の解説でも、この種の費用は会社負担が前提とされているようです。

ところで、入国ビザはまだしも、現地の滞在許可証は現地の法令に従うので、個人で取得するのは難しいです。言語の問題以前に、日本のように申請方法がわかりやすくWebにまとまっている国は珍しい、というのが実感です。

近年のアメリカを見ているとわかるように、申請に不備があったり理解が不十分だと、強制送還どころか強制収容や第三国への退去といったリスクすらあります。素人判断は危険なので、現地の専門家や代行サービスへの依頼費用も含めて、会社側と相談すべきでしょう。

申請に伴う付随費用、たとえば日本側で発行が必要な戸籍謄本・卒業証明書・無犯罪証明書などの取得費用はともかくとして、翻訳費用公証費用といったものもありますので、事前に明らかにしておくべきでしょう。

2. 引っ越しと生活立ち上げの費用

会社の指示による引っ越しなのですから、その費用は原則として会社が負担すべきものです。とはいえ、実際には会社や条件によってまちまちで、私自身は引っ越し費用を出してもらえませんでした。自分自身も必要性を理解しておらず、要求しなかったからですが。

  • 引っ越し費用(船便・航空便)
  • 日本側の家を撤去する費用
  • 日本に残す家財がある場合の保管費用(レンタル倉庫など)
  • 海外の新居での家具・家電の購入補助

家を撤去するのもタダではありませんし、家具を全部売り払うわけにもいきません。現地で家具家電を買い直す費用も、会社の指示がなければ発生しなかった出費です。給与アップ・海外手当・支度金など、名目はなんでもいいのですが、全額または一部を請求する論拠は十分に思えます。

3. 健康と医療

医療保険(健康保険)など命と健康に直結する話は、まさに安全配慮義務そのものと言えます。

医療保険・日本語での医療補助

海外医療保険は会社負担として必須で考えましょう。私は赴任当初は加入しておらず、日本人がいる病院で点滴をうけただけで10万円請求されました。たんに「少しお腹の調子が悪いなあ」で診察にいっただけです。海外の病院は自由競争で、外国人向けの病院では保険がおりることを前提とした金額に設定されていることも多いです。現地に適切な保険がなければ、医療費は会社負担と契約書に明記すべきです。でないと、病院にもかかれず、命や健康に対して重篤な危機に陥りかねません。

  • 歯科治療がカバーされているか。オプション扱いになっている保険も多い。
  • 緊急時の母国(日本)への医療搬送が含まれているか。
  • 家族帯同分も同等にカバーされているか

医療搬送なんかは1千万円以上かかることもあります。在ホーチミン日本総領事館からも保険加入の必要性について注意喚起のメールが届いたことがあります。
ベトナムだから、東南アジアだから安いということはありません。むしろ社会保険が効かず、自由競争である分、日本国内で医療を受けるに比べて非常に高額に感じます。

ベトナムをはじめ東南アジアでは、日本語で救急車を呼べたり、現地の病院に日本語通訳を派遣してくれたりする有料サービスもあります。健康な状態でも医療用語は難しいのに、緊急時に英語や現地語で症状を説明するのは不可能です。
最近は翻訳サービスも高度になったって?
はたして救急車で運ばれているときにiPhone片手に会話できるのでしょうか。
こうした日本語サービスへの加入や利用補助も、合わせて話し合っておくと安心です。

予防接種

赴任先によって推奨される予防接種は異なります。厚生労働省検疫所(FORTH)が地域ごとに推奨ワクチンの情報を出しているので、これを参考にするのが基本です(FORTH|厚生労働省検疫所)。

予防接種は、受けるかどうかは個人の判断という側面もあるので「強制」ではないでしょう。それでも、受けたい人がいたときに会社が費用を補助するという制度はあって当然と思います。家族分の話し合いも忘れずに。

健康診断

赴任先や現地法人に定期健康診断のルールがない場合、何年も健康診断を受けないまま過ごすことになりかねません。これも安全配慮義務の観点から、会社が手当てすべき領域です。

現地に適切な施設がない場合は、一時帰国して受診することも選択肢に入ります。その場合の渡航費・滞在費まで含めて会社負担とするか、あらかじめ取り決めておくのがいいでしょう。

あわせて、日本での健康保険を継続してもらうことも要望として出していい項目です。
一時帰国中に保険なしの状態で過ごすのは確実に不安です。

4. 家族のこと

家族帯同の場合、本人の生活以上に家族の生活基盤が安定しているかどうかが、長期的な業務の継続を左右します。

子どもの教育費

インターナショナルスクールは年間で数百万円かかることもありますし、日本人学校だって有料です。一般的には会社が負担します。ベトナムでは外国人駐在員の子どもの学費は会社で損金算入できます。それくらい、会社が負担するのが一般的だということです。「個人の生活費ですね」と言われたら、ここは強く反論していい場面です。いや、反論というより、海外赴任自体を受けるべきか考え直してもいいくらいです。

判断軸としてわかりやすいのは、選択肢の有無です。複数の選択肢があるなかで「より高い学校に行きたい」と本人が選ぶならそれは個人の責任ですが、選択肢がほとんどなく高額な学校に行かざるを得ないのであれば、それは公平性の観点から会社が負担すべきものです。

出産

赴任中に出産する可能性がある場合、現地での出産費用、または一時帰国しての出産費用について、あらかじめ取り決めておきます。現地で日本語対応の産科にかかれるかどうか、医療保険でどこまで賄えるかも要確認です。

配偶者の生活基盤

駐在員本人のみならず、配偶者にとっても、海外生活には障害があります。買い物ひとつとっても難儀します。海外で安定して仕事をするためには、家族の生活が安定していることが不可欠です。

具体的には、配偶者の語学研修費も、必要に応じて要望として出していい項目だと思います。

本社側が「配偶者は社員ではないからサポートできない」というスタンスなら、その分を給与アップや海外手当としてもらう、という交渉のしかたもあるでしょう。

単身赴任の場合

残された家族の生活費の送金をどうするか、という問題があります。海外送金はマネーロンダリング対策で、多くの国で年々厳しくなっています。手続きに手間がかかりますし、税金の問題も複雑になり得ます。

給与の一部を日本国内で支給してもらう方法も検討していいでしょう。ただしこの場合も「全世界所得」の問題があり、日本での所得も赴任当地で申告しなければならないケースがあるなど、税務はかなり複雑になります。

意図せず脱税してしまう危険もあるので、いずれにせよお金にかんすることは専門家にきちんと相談したほうがいいです。

5. 一時帰国と緊急帰国

一時帰国の費用についても、会社が負担することが多い項目です。
年に1回。家族帯同なら家族分も。

ただ個人的には、定期的な帰国よりも緊急帰国費用のほうが重要だと感じます。家族(親など)の不幸があったときに、すぐに帰れるかどうか。東南アジアならまだしも中東や欧米だと一体いくらになることでしょう。家族分も含めて、「こういうときはどうする」を文書化しておくと、いざというときに「お願いベース」にならずに済みます。

6. 住居

家賃補助は、大企業だと会社負担、中小だと個人負担、というのが大ざっぱな相場感だと思います…。私は全額自腹でした。

ただ、お金の問題以上に重要なのは、外国人が個人で家を借りられるかどうかという現実的な問題です。

国や地域にもよりますが、個人で長期賃貸を借りようとすると、保証人の問題、収入証明の問題、言語の問題、契約内容の確認など、ハードルがいくつもあります。会社が法人として契約してくれれば、これらが一気に解決します。家賃の補助有無とは別に、会社契約にしてもらうこと自体に大きな意味があります。

7. 業種・地域によっては明確化が必須

自動車関連

業務上、自動車運転が必要な地域・職種では、以下を明確にしておきます。

  • 運転免許の現地切り替え手続き、国際免許の費用
  • 自動車取得費用(会社車両か、個人購入か、補助はあるか)
  • 自動車保険、運転者保険、第三者賠償責任保険
  • 業務中の事故への会社の保証責任

交通事情が日本と異なる国では、事故のリスクが格段に高くなります。任意保険の補償範囲、業務中の事故と業務外の事故の扱いなど、文字にして残しておくべきです。

食事・衛生環境

これは費用というより、赴任先の地域選びの段階で考慮すべき問題です。地域によっては、安全に食事できる飲食店や食材購入場所がほぼなかったり、衛生状況が致命的なリスクになり得ます。

赴任先の国・地域については、自分でもしっかりリサーチしたうえで、必要な情報を会社にも共有して、対策を一緒に考えてもらうのが現実的です。

8. 意外と話し合っておくと良いこと

退避計画

武力紛争、自然災害、感染症の大流行など、緊急時に会社がどう動いてくれるのか。「会社が見捨てない」と言える根拠があるかどうかは、現地で過ごす日々の安心感がまったく違います。

退避計画の有無、退避費用の負担、家族の扱い、現地スタッフはどうするのか、といったところまで、可能な範囲で確認しておくとよいです。

弁護士費用

日本人は海外の法律をほとんど知らないので、思いがけずトラブルに巻き込まれることがあります。日本人を狙った犯罪・詐欺もあります。

万が一そうした事態になったとき、現地で弁護士に依頼する費用を、会社がどこまで負担するのか。あらかじめ決まっていないと、いざというときに動きにくくなります。

9. 為替変動リスク

給与が円建てか現地通貨建てかによって、為替変動の影響がまるで違います。円高が進むと、実質的な目減りになります。

ベトナムでは法令上、外貨建てで賃貸契約などを結べないので、為替変動リスクが生活費に直結します。給与体系をどう設計するか、為替変動が一定以上になった場合の調整ルールがあるのか、契約段階で確認しておきたいところです。

10. 帰任時の保証

これは私自身、もっとも後悔している部分です。

赴任前にきちんと話し合っておかないと、帰任のときに「お願い」のような立場で会社と交渉することになります。私の場合、赴任当時は独身でお金まわりに無頓着だったこともあり、ここを話し合わないままベトナムに到着しました。気がついたら10年以上が経ち、上司からは「帰任ではなくただの引っ越し」のような扱いをされました。

例えば以下のような点を、赴任前の段階で文書にしておくべきです。

  • 帰任時の航空券・引っ越し費用
  • 日本での住居探しのサポート(保証会社の審査が、帰任時のポジション・給与が決まっていないと通りづらい、という問題があります)
  • 帰任後のポジションと給与
  • 任期終了の目安
  • 確定申告サポート(税理士費用)

「今は気にしていなくても、将来必ず重要になる」のがこの項目です。出発前に書面で固めておくのが、自分のためにも、家族のためにもなります。今は話し合いでなんとかなると思っていても、数年後は自分も相手も変わっています。”今”を根拠にすべきではありません。

税理士への相談

海外赴任者の税務は、本当にややこしいです。日本側の居住者・非居住者の判定、現地での納税義務、二重課税、社会保険料の扱い……素人がカバーできる範囲を簡単に超えてきます。

税理士さんに相談すると、たった90分の相談でも5万円ほど請求されます。事務所によっても金額は異なるのかもしれませんが…。節税のためというより、社員に意図せぬ脱税をさせてしまわぬよう、会社側のリスク管理としても必要でしょう。

まとめ

以上は「全部確約させろ」「会社は絶対に全部負担すべきだ」という意図ではありません。
赴任前の話し合いの段階で、論点としてテーブルに乗せておくべきもののリストです。
話し合っていなかったのと、話し合いの上、決定したこととでは、精神衛生上も異なります。

会社にはそもそも安全配慮義務があり、海外赴任者にも適用される。これが大前提です。そのうえで、項目ごとに「会社が負担する」「個人が負担する」「半々で負担する」「制度の利用補助だけ受ける」を整理していけば、後から不快感を得るリスクを減らせます。

話し合いの過程で「社員の実生活に対してあまりにも配慮がない」という感覚をうけたならば、それはそれで一つの大事な情報です。

そこから先、その組織に居続けるかどうかは、人それぞれの判断になると思います。