ホーチミンで夫が育児に関わる現実:出産・新生児期・共働きの記録
ベトナムの子育て環境は日本と前提が違う
ホーチミンでは妊娠中も出産直前まで働く人が多く、産休は半年が一般的です。夫が長く休んで育児に時間を割く家庭は、日本と比べると多くはありません。
保育サービスは地域差があり、祖父母の支援を前提に回る家庭もあります。都市部は交通事情の影響も大きく、送り迎えが負担になりやすいです。
妊娠が分かったときに感じたこと
妊娠を知った瞬間の自分は、喜びよりも現実が先に来ました。作品を通じて出産の大変さを知るほど、不安と同時に「これは簡単な出来事ではない」という実感が強くなっていきました。
妊娠中に夫として意識したこと
妊娠中のしんどさは本人以外には完全には分かりません。その前提で、次の点を意識しました。
- 話を遮らずに受け止める
- 体調や感情の波を「通常運転」と同一視しない
- 納得しないまま押し切らない
余裕がない日は十分にできなかった場面もあり、そこは反省点です。
出産前に大きかった不安
出産前は、次の不安が残りました。
- 言語のこと
- 育児環境のこと
- 教育の選択肢と費用のこと
産後は目の前の対応が多すぎて、考え続けるだけの悩みは一度止まりました。
出産に立ち会えなかった経緯
出産はホーチミンではなく、妻の実家のある省で行いました。義母のサポートを受けやすいからです。自分は予定日の少し前から妻の実家に滞在し、仕事をしながら待機していました。
予定日を過ぎても陣痛が来ず、長期戦を覚悟し始めた頃に夜中に破水しました。自分はベトナム語でタクシー手配ができず、妻の両親に起きてもらって病院へ向かいました。
病院到着後は状況が見えないまま時間だけが過ぎ、朝方に「産まれた」と聞かされて出産が終わっていました。
初対面で一気にスイッチが入った
最初に息子を見た瞬間、感動より先に「守らなければ」が出ました。理屈抜きで大事だと思えました。
「可愛いと思えるか」の不安は消えた
会う前は「自分の子を可愛いと思えるのか」が不安でした。赤ちゃんに慣れた環境で育っていなかったのも理由です。でも実際に会った瞬間に、その不安は消えました。
出産と入院で困ったこと
海外での出産は、費用だけで語れない部分があります。自分が困ったのは次の点でした。
- 状況の説明が少なく、妻に何が起きているか分かりにくい
- 立ち会いができなかった
- 個室でも備品が不足しがち
- 育児の具体的な指導はほぼない
- 書類のミスなど、手続きで時間が取られる
家族が付き添う前提で回っている印象でした。
新生児期に自分がやったこと
入院中と退院直後に自分がやったのは、主に実務でした。
- 粉ミルクの準備
- 汚れ物の手洗い
- 妻の雑用
- 黄疸のケアに関する準備
当時は怖くて赤ちゃんを抱けませんでした。今思えば過剰に慎重でしたが、当時はそれが限界でした。
退院後は週末に会いに行く生活になった
しばらく妻の実家に滞在し、その後は毎週末に長距離バスで会いに行く形になりました。寂しさが大きく、体力的にも消耗しました。
おむつは漏れる。週末育児だと余計にきつい
母乳中心の時期は夫ができることが限られます。週末だけだと、さらに偏ります。自分はおむつ交換と洗濯を主に担当しましたが、とにかく漏れました。
産休が終わって共働きになってから
妻の復帰後は、在宅とフレックスを組み合わせて交代で面倒を見る形にしました。
家事の分担
- 食器洗いは自分が多め
- 炊事は妻か出前が中心で、自分は補助
- 洗濯は回すのはどちらでも、干すのは自分多め
- 掃除機は自分、細かい掃除は妻が多め
- ベトナム語が必要な手続きは妻が中心
育児の分担
時間感覚では妻が多めになりました。母乳、搾乳、授乳、離乳食は妻側に寄りやすく、夫は妻が外出した時間を丸ごと担当する形になりがちです。
きれいごと抜きで分かったこと
育児しながら仕事を回すのは難しいです。赤ちゃん側の都合が常に最優先になるからです。土日に少し手伝う程度では足りないと言われる理由も分かりました。
結論
ホーチミン育児は、日本と同じ分担モデルをそのまま当てはめると折れます。家の条件と働き方に合わせて、回る形を作るのが現実的でした。





